社宅付き合いも大変。

うちのご近所に、いわゆる「お高くとまった」奥さまがお住まいになっている。
本人様はお嬢様育ちで、下々とは違うのよ、といった雰囲気なのだが、話を聞いてみると実際にはとくに大したご家庭に育っているわけでもないし、素晴らしい学校を出ているわけでもないのだが、そこを突っ込んで怒らせても仕方ないので、皆で示し合わせてそのまま放置しています。

でも、観察しているとすごく面白いんです。
自分がやっていることが世界で一番正しい、と思っているみたいで、否定するとすごい不機嫌になるんですよね。

例えばインフルエンザの予防接種をしていないというと、これだから庶民は、というような勝ち誇った顔をするんですよ。
「今日娘が調子が悪いの」というと、「予防接種はなさったの?」と一言。
「いいえ、受けてません」とこたえたら、やっぱりね、と言った顔で引っ込んで行かれました。
残念ながら、娘はインフルエンザにはかかっておりませんでした(笑)

昨年、自分のところの子どもがインフルエンザにかかった時は、症状があまりでなくて周りに見事にふりまいたのですよ。
「熱があまり出なかったからわからなかったわ」とおっしゃるので、「予防接種をしているとかかっても症状があまりでなくて逆に困ることもあるらしいですね~」と、ニュースで聞いたことを言うと、明らかに不機嫌に。
予防接種が悪かったんじゃないの、と聞こえたのでしょうかね。

でも、そのあと別の人に私が言った情報を「教えてさしあげますわ」と言わんばかりに話しているのを聞きました。
面倒なので、みんな「わぁ、よくご存知ですね~」と言った扱いをしているとすごく調子に乗って、私がこの社宅で一番物知りで頼りにされている、と勘違いしている様子。
どこにでもこういう方はいらっしゃるのでしょうか、本当に扱いに困ります(笑)

春をいただく♪

宅配で届いたお野菜に、菜の花が入っていました。
いぇ~い!大好物っ☆

茎も美味しいけど、蕾と花の部分も美味しいんですよね。
味がしっかりと染み込み、しゃきっとじゅわっと美味しいのぉ(*^_^*)
ブロッコリーと同じ原理だと思いますっ。
でも菜の花はお花が咲くの、黄色くてこんなに可愛いよ。

相変わらず、シリコンスチーマーで湯がきます・・・
あれ?シリコンスチーマー使っても湯がくっていうのかな???
ま、いっか(笑)

それはさておき、春をいただくってステキ。
身体の中に、すぅ~って新鮮な息吹が入り込む気がします。
と同時に、耐えて越冬した力強さも身体に取り込める気がしますよね。
これで今年度も頑張れそ~!!みたいな(笑)
今日は「からし和え」の気分だな~・・・よし!決まり!!

私はからし色が大好き!今欲しい車があって、シエンタというのですが
この車で私の気に入るような からし色が出たら、即ローン組むのにな。って思っています。

こちらの地域では4月に入ると筍も出回ります。
ですから、気持ちはすでに筍ムード(笑)
菜の花といえば「筍ご飯」との相性が抜群ですから、ついつい少し先の春を想像してしまいます。
そして想像(妄想)は次々と筍料理へ・・・若竹煮、鶏との炊き合わせ、めんま、天ぷら、すき焼きに入れるのも美味しいですよ~♪

あぁ、春は楽しいな。美味しいな。
食欲の秋以外にも、どうしても春にも太ってしまう私なのでした(^_^;)

変なジンクスができそう。

息子の学年末PTAがありました。
昨年は、懇談中に突然教頭先生が現れ、息子が遊んでいて怪我をしました、という報告があったため、慌てて途中退席し、そのまま病院に連れて行った覚えがあります。

今年は図書室で宿題をしながら待っていると言っていたし、怪我をすることもないだろうと安心して、最後の懇談にのぞみました。
息子が通う小学校は2年に一回クラス替えがあり、今のクラスでの参観、懇談は本当にこれで最後だったので、みんなこの1年の感想などをしみじみと述べます。
この1年お世話になった担任の先生はとてもユーモアがあり、なかなか豪快な先生で息子も毎日楽しそうに学校に通っていたため、このまま先生が持ち上がってくれればいいのになぁ、と思うのですが、残念ながらこの学校はそういう方針ではないようです。

私が通った小学校は先生の持ち上がりなんかが結構あって、2年続けて同じ担任の先生なんてのもあったんですが、時代が違うのか、それとも教育委員会などの方針が違うのか、そこは謎のままです。
この先生でないなら、娘の担任をしてくださっている先生でもいいんだけどな、なんて思っています。
この先生もとても面白く、指導が上手な方で、とても人気のある先生だったんですよね。
しかもイケメンでしたし♪

あの先生が息子の担任になってくれたら、またお顔が見れるわ、と、懇談中にも関わらず一人でときめいていたら、「すいません、○○さんはいらっしゃいますか」の声。
きゃ、今思い描いていた娘の担任の先生じゃないですか。

私の愛が通じたのかしら、なんて思うほどのタイミングだったのですが、彼が来たからにはおそらく娘に何事かあったに違いありません。
外に出てみると、娘が立っております。
「放課後まで頑張ったんですが、気分が悪いそうで・・・。」
あぁ、また今年も懇談を途中退席です。
学年末懇談は途中退席・・・ジンクスになりそうです。

夢と現実。

中学生のころから英語が好きになり、将来は留学したいと思っていました。
が、かわいい一人娘。
父親が離してくれるはずもなく、結局いまだ海外進出歴ゼロです。
大人になった今行けばいいじゃない、と思われるかもしれませんが、高校生、大学生のあの年齢の頃、行きたかったんですよ~。

高校に留学して、卒業式のプロムを迎えるのが楽しみだったんです。
そう、留学したいのも半分は不純な動機でした^^;
だって国際結婚したかったんだもの。

当時の私の夢は、18歳で結婚し、男女の双子を産む事。
当然子どもたちは金髪で、超カワイイの♪
そして広いお庭に真っ白なガーデンセットを出して、優雅にお茶。
そこに子どもたちと大きな白い犬が走ってくるの。
キャ~、素敵素敵!まるでドラマのワンシーンみたいっ!

結構真剣に思い描いた夢だったんですが、結局高校生で留学する夢は潰え
じゃあ大学で、というのも結局親にとめられ。
父親の友人なんて「相談したらこいつがうんって言う訳がないよ。黙って行っちゃいなよ」と悪魔のようにささやくのです。
それほど父がどこででも子煩悩さをアピールしてたんでしょうが(笑)

今思えば、父は私の夢を見ぬいていて、海外に行ったら最後、私が帰ってきそうにないことに気づいていたのでしょう。
そして思惑通り、私はおとなしく日本人と結婚し、国内に住んでいるわけです。
主人は当然生粋の日本人。
社宅なので広いお庭もガーデンセットも白い犬もなし。
金髪の双子も産まれませんでした。

唯一叶っているのは、男女そろっているあたりでしょうか。
まぁ、人生そんなもんよ、とつぶやきながら、ペットの犬ならぬカメを広いお庭ならぬ狭いベランダで散歩させつつ、お茶を飲んでいます。
そんな夢を思い出しながら、せめて今日はフォションの紅茶でも入れてみます。

内職商法だった?塗り絵の内職。

外に出なくていい、家の中でお仕事ができる、それが在宅ワークです。
まだSOHOという言葉がない時代でしたから、在宅ワークと言えば内職が多かったのですが、当時は怪しいものが本当に多かったのです。
今ほど内職商法、と騒がれていない時代でしたからね・・・。

その怪しいものにずいぶんひっかかったので、当時はショックでしたが、せっかくのネタなので、紹介してみたいと思います(笑)

最初に目を付けたのは、「楽しく塗り絵をして収入を」というものだった気がします。
資料を取り寄せてみると、特殊なアクリル絵の具か何かを使って、ステンドグラスの様なものを作るというお仕事でした。
材料費と教材費で数万とられました。

簡単だと思ってたんですが、これが意外に難しかったんです。
絵の具の薄め方が悪いとムラができてそれだけでアウトだし、細かい部分がはみ出したりするとそれもアウト。
絵の具の継ぎ足しみたいなのができないんですね。
重ね塗りも当然NGだし、広い部分は細かい部分よりもさらに難しかったです。
なのに、浮世絵みたいなのが来たりするんですよ、課題で。

真面目に何度もチャレンジしたのですが、当然合格できないまま絵の具がなくなってしまいました。
絵の具はそこでしか購入できないことになっています。
課題を出すのにも郵送料はけっこうかかるし、あれは本当に時間とお金のムダだったと今は思えるのですが、当時は結構必死で、これでおうちに居ながらお仕事ができる、なんて夢見てたんですよ~・・・若かった、あの頃。

その他にもいろいろなものに騙されたので、それはまた別の機会にお話ししたいと思います。
今でもあの塗り絵の内職はあるのでしょうか。
ネットでさっそく検索をかけてチェックしてみようと思います(笑)

キモかわいいモノ。

最近、子どもたちの中ですご~く流行っているものがあるんですよ。
それは「こびと」
キモかわいい部類に入るやつですよねぇ、これ。

私も娘もちっともかわいいとは思わないのですが、好きな人は本当に好きなんです。
娘のお友達は「こびとづかん」の大ファンで、こびとの名前を本当にたくさん知っているし、いろんなグッズをそろえているんだそうです。

先日たまたま実家に帰ったおり、近くのショッピングモールへ行ったら、私の大得意なクレーンゲームの景品にこびとがたくさんあるではありませんか。
「ママ、これゲットして!お友達にあげたいから!」
よし、ママにまかせておきなっ!
もちろんあっという間にゲットですよ。

じゃじゃ~ん、「こびとづかんフォトフレーム」とったど~。

キーホルダーなどはよく見かけますが、フォトフレームはなかなかないでしょう。

娘ちゃんはとっても嬉しそう。
習い事が一緒の、とっても仲良しの女の子なんですよね、こびとが好きな子。
「今日さっそく持って行ってあげよう~」
と、私の携帯で写真を撮って、お友達のママの携帯にメールを送っていました。

すると、すぐにお友達から返事。
「わ~い!楽しみにしてるね。私もぬいぐるみ持って来るね!」ですって。
こびとと何を交換するんでしょうかね^^

すっかり豚汁気分。

今日の晩御飯はアジの塩焼きがメイン。
あとはお豆腐のお味噌汁にだし巻きたまごに、なんて考えながら、それを旦那さんに話したら「え~、肉の味噌汁がいいなぁ」だって。
「肉の味噌汁なんてないでしょ~」「豚汁があるじゃん」

豚汁かぁ・・、おいしそうだなぁ。
お豆腐のお味噌汁はあっという間に豚汁に押しのけられてしまいました。
やばい、豚汁がめっちゃ食べたくなっちゃった。

材料はあるかな?どれどれ・・。
里芋あり、大根あり、人参あり、ごぼうあり、当然豚肉あり♪
こんにゃくがないのがちょっと残念だけど、これで作っちゃいます。
豚肉は冷凍庫でカチンコチンなので、レンジで解凍。
こういう時、解凍機能はとっても便利ですよね♪

その間に里芋をむいて、下ゆでします。
かゆくなるといやなので、使い捨てゴム手袋をしてちゃんとむきますよん。
使い捨てタイプの方が薄手で、包丁も使いやすいのです。
ごぼうはささがき、大根とにんじんはいちょう切り。

実はこのささがきが苦手なんですよね~。
この間ママ友が作ったささがきはすっごい繊細で、私のごっついささがきごぼうとはまるで別の野菜のようだったんです。
どうやったらあんなにきれいにできるのか、教えてもらっとけばよかったな。
来週また会うから、その時に忘れずにコツを聞こう。

里芋も柔らかくなったし、ごぼうのアクも抜けたし。
あとは全部放り込んで柔らかくなるのを待つだけです。

おだしはサボってだしの素。
こんぶよりいりこより、かつおだしが好きな私です。
こんぶだとどうもあっさりしすぎてるし、いりこは魚っぽさが強すぎるし。
うん、やっぱりかつおだしです。
ほんだしやだしの素などかつおだしが多いのは、きっと私のように考える人が結構いるってことなんでしょうね♪

野菜と豚肉、かつおだしが頑張ったので、おいしい豚汁、完成で~す。
いただきます♪

嫁姑問題に解決の兆しあり?

今日は何だか疲れてしまったので、
「3歳の息子と買い物に行く」という日課をサボってしまいました。
冷蔵庫には食材のストックが沢山あるし、
まぁ今日くらいは持つでしょう、と。

しかし昼食の時間。私は非常に困ってしまいました。
いつも大体、お義母さんには前もってごはんとおかずを用意しておき、
私は息子と外で、おにぎりなどで済ましているのですが、
今日に限ってみ~んな家にいます。
つまり、み~んな一緒に昼食をとらないといけません。

私たち嫁姑は「仮面嫁姑」なんです。
どういう事かと言うと、表面上は仲の良い嫁姑という事です。

実際は別に憎しみあっている、という訳ではないんですが、
同居なのにお互い距離を置き、
必要最低限の会話(連絡事項)しかしない。
文句があるときは旦那に言い、お互いに言い合わない。
といった、冷め切った関係なのです。

3度の食事は私が作っていますが、私のいないところで旦那に、
「食事の味がしない」とクレームをつけていたのを聞いて以来、
どうもお義母さんと一緒に食事をするのが嫌になっていました。

お義母さんに「今日は何が食べたいですか?」とか、
「味付けはどうしましょう?」なんて聞ければいいんですが、
何だか意地を張ってしまって、全く聞けませんでした。

そんな中、唯一逃げ場だったのが「昼食」なのです。
外で済ませれば、姑の顔色を気にしてイライラしなくて済むからです。
あ~・・・なんか憂鬱だなぁ・・・外行こっかなぁ・・・
なんて考えてましたが、
え~い、もうやけくそだ!!という気持ちで

「お義母さん、お昼なにか食べたいものありますか?」
と聞いてみました。
これがまさに「その時、我が家の歴史が動いた」
と言っても過言ではない一言です。
この一言がなかなか言えなかったんですから!!
何年言えなかったか、お教えしましょう・・・10年です。

10年言えなかった一言を何故か今日、ポロリと言ってしまいました。
すると母はこう答えました。
「すいとんが食べたい」と。

す、すいとん??

思わず頭の中が真っ白になってしまい、
「作り方、分からないんで教えて下さい」
と言ってしまいました・・・。

歴史がもう一回動きました。
こうして、結婚10年目の年にしてようやく、
嫁姑が同じキッチンに並んですいとんを作ることになりました(笑)。

本当は作り方知っていたんですが、
息子も一緒に教えてもらいながら作りました。
息子も、そして何よりお義母さんの顔が嬉しそう。
出来たすいとんはとても美味しく頂きました。

今まで張っていた意地は何だったんだろう、と思います。
私さえ一歩踏み出せば、息子も義母も、こんなに喜んでくれるのに。

今すぐ冷戦状態を打開、という訳にはいきそうもないんですが、
すいとんをきっかけに解決の兆しは見えてきたかな?
という感じです(笑)。

あ、因みに母はまだまだ元気ですし、食事も作ろうと思えば作れるのですが
あまり家事は好きではないように見えますし今まで頑張ってきたから今後は私に・・・という
無言の圧力がかかっているんですよね。(笑)

ですが、先日母の意外な一面を目の当たりにすることに。

実は夏のボーナスで念願のヴェルファイアを購入した我が家。
私はペーパードライバーなので本当に遠くのスーパーに買い物に・・・や、子供の衣料品を買いに行くとき程度の使用なんですが、
そんな私のへなちょこ運転ぶりを見てぼそりと一言。
「私は昔バイクも乗りこなしていたよ」

え!?

意外と言うかなんと言うか、もう私の中の歴史が崩れた瞬間でした(笑)
色々とつっこんで聞きたかったのですが、そこまでは踏み切れない私。
もう少し打ち解けられたら、この話は絶対に聞いてみたい。と思う私なのでした・・・

家族に見守られながらの誕生

私の初めてのお産は想像をはるかに超えるものでした。
よく鼻から大根、すいかなど言われますが、そんな次元ではなく、
むしろ他の物とは別次元の、例えきれないものでした。

私はちょうど深夜になった頃、破水をして、病院へ入院しました。
翌日の夕方まで陣痛は来ず、長時間を余儀なくされていました。
夫・義理母・母の三人に見守られながらの出産で、
その産院は自然分娩をおすすめしている病院だった為、
極力薬を使わずに自分の力で「赤ちゃんのタイミングで」とのことで、
じわじわ陣痛が始まってもなかなか開かない子宮口を、
無理に開かせるということはありませんでした。

破水して24時間たっても、私の子宮口は開かず、痛みだけが増す一方で、
私は言い知れない痛みで、病院中に響くくらい叫んでいました。

あとから知ったのですが、その日は9人もの赤ちゃんが生まれた日で、
とても忙しい日だったそうです。

痛くて涙を流しながら、二人の母は、私の腰をずっとさすってくれていました。
何もできない夫はずっと手を握って、
助産師に「まだかまだか」とそわそわしていました。
夜が明けそうになってもなかなか助産師は見に来てくれず、
やっときたかと思えば「まだまだ」だと言われ、正直死にたくなりました。

朝方、あまりの痛みで、少し体力を温存するためにも、
痛みどめの注射をうち、1時間ほど眠れました。

目が覚めたのは再び陣痛の痛みで、先生の内診があり、
促進剤をうつことになりました。私はこれ以上はもう無理ですと弱音を吐いたくらいです。
促進剤をいってからもかなりの時間がかかり、
やっと子宮口が全開になったのは、陣痛開始から約23時間後。
もちろん出産する本人も辛かったですが、
それを傍で見守る2人の母と、夫はもっと苦しかったと思います。
みんな寝ずに私の傍におり、娘が生まれるその瞬間に立ち会ってくれました。
生まれた瞬間、私の枕元にいた夫がぽろぽろと涙を流し、へその緒を切ってくれました。
二人の母も涙を流し、娘の誕生を心から喜んでくれました。

よく立ち会い出産は嫌だといわれる方が多いですが、
私は立ち会ってもらってよかったと心から思っております。
生命の誕生に関わったことで命の重さを知ったと思います。
特に夫には、子どもを守りたい、守らなければという、親心が強くなった瞬間でした。

復興庁発足、早くも壁にぶち当たる

未曾有の震災、東日本大震災からもうじき1年が経とうとしている。
早い、とも感じるが亡くなった遺族にとっては苦しい1年であったに違いない。

未だ全ての遺体は見つからず、がれきの撤去もままならない状態だと聞く。
原発による風評被害も一時期よりは鳴りを潜めたとはいえ、完全になくなったわけではない。

そんな中でも希望を失わず、復興に向ける被災地の人たち、
それを支えるボランティアの人たちには頭が下がる。

1995年、私が小学生の時に隣県で起こった阪神大震災。
テレビ越しに映った、よく遊びに行っていた神戸の惨状がショックだった。
あれから17年、神戸は見事に復興したが、大きな傷は永遠に消えない。

今月10日、政府は東日本大震災の復興業務の司令塔となる復興庁が発足した。
初代大臣には平野復興担当大臣が内定。

岩手・宮城・福島の被災地域にそれぞれ支部となる復興局を起き
、一刻も早い復興をテーマに立ち上がった。
具体的な取り組みはまだこれからのようだが、
震災から1年が経とうとしている今、
野田内閣の支持率低迷もあり何らかの姿勢を見せなければという魂胆もあるのだろう。

その一方で、被災者雇用企業への助成制度をめぐっては不満の声が上がっている。
事業を早期に再開し、従業員を雇用した被災企業は割を食っているのだ。
何せ、対象を本年度の第3次補正予算が成立した
昨年11月21日以降の雇用に限定してしまったのだ。

復興庁が発足した今、今後この助成制度は同丁が主導していくことになるのだろうが、
早くも壁にぶち当たった結果となったようだ。

果たして限定する意味はあったのだろうか。
震災後にいち早く先陣をきって被災地の復興に当たっている企業を軽視しているのでは、
との声もあって当然だ。

産声を上げたばかりの復興庁は、果たして被災地の復興を先導できるのか。注目していきたい。